BfMcompany★ドイツで活躍する日本人音楽家紹介

ドイツ音楽留学をお考えの方必見!現在活躍されるプロの音楽家がご自身のドイツ音楽留学体験や留学生後進へのメッセージetc.を愛情たっぷり語ってくださっています★

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第七回目 関根雅裕さん

関根雅裕さん


<プロフィール>
1971年、東京生まれ。13歳よりフルートを始める。
東京音楽大学及びベルリン・ハンス・アイスラー音楽大学卒業。
これまでにフルートを関根一彦、小泉浩、植村泰一、ヴェルナー・タス ト、カタリナ・マイヤー諸氏に、楽器教育学をエーベルハルト・グ リューネンタール、アンドレア・ヴェルテ諸氏に師事。
97年及び99年には現代音楽の作曲・解釈の為の「ハンス・アイスラー賞」を受賞。
現在、ベルリン州立ヨーゼフ・シュミット音楽学校及びブランデンブク州立オーデル・シュプレー郡音楽学校非常勤講師。又、ベルリン・レジデンツ・オーケストラにてフルート奏者を務める他、主に室内楽の分野で活動を続ける。
北海道函館市で開催されている「フルートセミナー」や「山中湖サマー・ミュージック・キャンプ」、「ヤマハフルートキャンプ」に講師として招かれている他、専門誌「ザ・フルート」に連載が掲載される等、日本国内でも積極的な活動を展開している。

【告知】
関根雅裕ホームページはここをクリック!
☆「ヨーロッパの街角から~ベルリン」
The FLUTE 87号より6回にわたり連載レポートが掲載。

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きらきーら関根雅裕さんにインタビューきらきーら

田中: 関根さんが留学を決断されたきっかけをお話下さい。

関根: 大学生の頃、フルートに関して物凄く大きなスランプに陥ったことがありました。
その当時はもう何をやってもそのスランプから抜け出せなくて、中学生の時からの恩師や大学の先生方からも心配して頂いてはいましたが、決定的なアプローチは聞けず、自分が一人で立ち向かわなければいけない問題にとうとう直面したという感じでした。
その内に大学も卒業し、その後は音楽教室での仕事はしていたものの、何か自分の中で煮え切らないものを感じていました。
そんな頃恩師に進路についての相談をしていると、「外国には興味ない?講習会とか短期で行ってきても良いのでは。」というアドバイスを受けました。
とにかく常にモヤモヤしていた僕はそんな状況を打破したくて、先生のアドバイスをもとに、早速スイスの小さな村で行われたP.L.グラーフ氏の講習会へ行きました。
実は同時期にドイツのザルツブルクでは同氏とK.ツェラー氏の講習会もあったのですが、何となく規模の大きな講習会では受講生も多いだろうし、教授との直接のコミュニケーションは難しいかもしれない・・・と予想し、スイスへ行くことを決めたのです。
実際講習会では、先生とのコミュニケーション時間も充分に取ることが出来たし、講習会に来ていた受講生とも仲良くなることができて大満足でした。
僕にとってはその講習会が初めての外国での勉強だったので、「外国って楽しいなぁ~外国で勉強するのも悪くなさそうだなぁ~。」というイメージがうまく出来上がったんですね。そしてその時留学する決心が固まったと言えます。

田中: 講習会の後、留学地にドイツを選んだ理由はどの様なものですか?

関根: 僕が高校生の頃から使ってたフルートが東ドイツ製だったからなんです。
かなり単純な理由ですよね(笑)
僕にとってはドイツという国が一番身近な国だったんでしょうね。
今でもそのフルートケースを開けると、ドイツの匂いがするんですよ!
あと一番好きな作曲家がBachだったっていうこともあります。

田中: その他の国に行こうとは思わなかったのですか?フルートと言えばフランスも人気な留学地ですよね。

関根: そうですね。もちろん昔も今も人気の国ですね。
ただ、当時フランスから帰国した方々の演奏を聴いても、僕が目標とする感覚が得られなかったのを覚えています。人それぞれ理想の留学の形みたいなものがあると思うんですが、人から聞いたり見たりしたフランス留学が単に僕の理想ではなかったのかも知れないですね。

田中: そうしてドイツ留学が始まった様ですが、留学当初のお話をお聞かせ下さいますか?
私は仕事柄、良く「現地での先生はどの様に探すのが良いのですか?」との質問を受けますが、関根さんは音大受験前には既に師事したい先生が見つかってらしたのですか?またその先生とはどの様にコンタクトを取られたのでしょうか?

関根: いいえ。最初にドイツという留学国は決めたものの先生に関しては全く決めていませんでした。まずはDAADでドイツの音大にどんな先生がいるかを調べ、名前をメモして、図書館やCD屋さんに行ってその人の演奏録音を聞いたり調べたりしました。特に東ドイツに興味があったので、それならベルリンの音楽大学だろうと思い、ベルリンを中心に先生を選びました。
ドイツ語が出来なかった僕は師事したい先生へのコンタクトをどの様にすれば良いのか分からず悩んでいたましたが、運よく先輩が面倒を見て下さったお陰で先生のレッスンまで辿り着くことが出来ました。

田中: そうでしたか。当時は今みたいに留学生も多くなかったと伺っていますが、他にはどんなところに苦労がありましたか?

関根: ネットがなかったので情報も少なく、今みたいに簡単にメールや電話のやり取りが出来なかったので、先生一人と会う為にも手紙を出したりしながら少しずつコンタクトを取っていましたね。
当時はビザ申請も現地で出来なかったし、学校が発行した“受験をするという証明書”と“先生のレッスン受講証明書”がなければ3ヶ月のビザももらえなかった時代です。
先生からは「語学をちゃんと勉強してくれるのならレッスンする」と言われ(笑)すぐに語学学校へ通いながら先生のレッスンを受ける生活が始まりました。あっ、これは今でも同じことですよね!
幸い入学出来たので良かったですが、とにかく自分の満足する生活が出来るまで2年くらい掛かりましたよ。皆同じだと思うけど、住居とか色々大変でした(笑)
今は多少情報過多している部分もあるかとは思いますが、それでも外国人留学生にとって非常に生活しやすい環境になってきています。そういった情報やシステムをうまく利用することが出来れば強いですよね。

田中: そうですね。多くの情報があるわけですから逆に混乱する方も多くいらっしゃいますが、今ある環境を自分でコントロールしつつうまく使いこなせると、留学への不安も減ると思います。

ところで、関根さんの大学生活はどの様なものでしたか?また、ご卒業されてもドイツへ残ったきっかけを教えて下さい。

関根: 途中でアンブシュアを壊し休学したり、色んな苦労や挫折はありましたが、学生生活はとても充実したものでした。
卒業間近で、まだドイツから離れたくないなぁと思っていた頃、僕の友達からMusikschule(音楽学校)での仕事に誘われ迷うことなく応募しその仕事に就きました。これが僕がドイツに残ったきっかけです。その学校で5年以上働いたことで今では永久ビザも取得できたし、あの恐怖の外国人局にいくこともなくなりましたよ(笑)

田中: 分かります!外国人局は私も嫌いです(笑)・・・
関根さんが普段お仕事をされているドイツの子供の教育現場とはどのようなものですか?
また、ドイツと日本で生徒の違いはありますか?

関根: 生徒はドイツ人の子供がほとんどです。以前は日本人留学生が勉強していた事もあります。
ドイツの子供たちを見ていて思うことは、日本の子供たちが非常に受身だということです。そして、先生に対してとても優秀(笑)日本の生徒は、先生が言ったことは大抵「はい」といって聞き入れ、ちゃんとその様に練習します。
これってすごく大切なことなんですよね。受身ばかりは良くないけれど、基礎が身につきやすい利点があります。
逆にドイツの子供たちに関して言えば、例えば楽譜に書いてあることでも「どうしてここはフォルテじゃなきゃダメなの?」とか「なんで?」「どうして?」という言葉がすぐに出てくるんです。たまに答えるのに苦労することもありますが、そういう質問はとても自然だと思います。『自然な発想がある上で徐々に正しい演奏法へ導いていく』ことは、教える側にとってはとても興味深いものです。
子供一人ひとりの感性や才能も違いますし、もしろん今言った様な国によっての違いもありますが、それぞれに教える楽しみがあるものです。

田中: 関根さんのお話を聞いていると、今のご職業に誇りを持たれていることが伝わってきます。

関根: はい、もちろんです!初めはドイツに残る為にも始めた仕事でしたが、今では誇りを持って先生業をやっています。
子供への教育については、毎日色々悩んだり考えたりします。
子供に教えていると同時に子供から与えられることもまた多く、特に子供の素直な発想にはよく驚かされます。楽しいですよ。
与えた課題を、生徒自身でうまくクリアーした時は自分のことの様に嬉しいですし、逆に悩んでる様子なら、昔の自分を見ているようで「頑張れ!」って思いつつ出来るだけ細かいテクニックのアドバイスを心がけています。
自分の経験から話せることもあるし、生徒への教育は深いなぁ~と感じます。

田中: 先生業の他に演奏活動もされていらっしゃいまが、ドイツと日本の音楽活動における違いを教えて下さい。

関根: これは音楽活動だけではなくどんな職種でも言えることと思いますが、ドイツは日本と違いあまり年齢にこだわらない国なので、僕みたいな若造が年上の先生へ、例えば音楽に関して何か意見を述べた時でも、「若いくせに」みたいな反応は返ってきません。『年齢がどうであれ一個人としてちゃんと認めてもらえる』そこが僕にとってはとても生きやすく感じ、またドイツで気に入っているところの一つです。

田中: 最後になりましたが、現役留学生や今後の留学生へ一言お願いします。

関根: 「何故ドイツに留学したいのか?」を考えて留学することは非常に大切なことと感じます。
目的がないと音楽ってやりにくいと思うんです。ただ漠然と練習するものではないし、ドイツへ留学しようと思うくらい音楽を真剣にやっている人たちだからこそ、「では何故留学するのか?」。つまりは、目標・目的を持ってきて欲しいと思います。

「何故音楽をしているの?」
「何故その楽器を吹いてるの?」
「何故ドイツに行きたいの?」・・・等々。
今後も幾度となく考えることと思いますが、常に自分への好奇心を持って自分の信じる道を歩んで行かれる事を心から祈っています。


追記: 音楽家としての活動は、何も演奏家として生きていくだけではないのだということが関根さんのインタビューを通して改めて確認出来ます。関根さんの様に、ドイツで誇りを持って音楽教師としての道を歩むこと。その楽しさや素晴らしさを知ることが出来ました。
関根さん、貴重なお時間を有難う御座いました。


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関根さん、貴重なお話をありがとうございました!!




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  1. 2012/08/01(水) 00:00:00|
  2. 器楽

第五回目 高見信行さん

高見信行さん


<プロフィール>
1979年、岡山県生まれ。2003年東京芸術大学音楽学部器楽科卒業。
独べルリン音楽大学オーケストラディプロム科、ソロ研究科修了。
今までに、ソリストとしてフォアポーメルン州立歌劇場オーケストラ、ライプツィッヒ州立吹奏楽団、東京フィルハーモニック交響楽団、神奈川フィルハーモニック管弦楽団、岡山フィルハーモニック管弦楽団などとトランペット協奏曲を共演。
Villa MusicaEnsembleでは、ブランデンブルク協奏曲第二番を演奏しそのコンサートの模様は、SWR(南西ドイツ放送ラジオ)にて、ライブ放送され好評を博す。オーディションを経て、オーケストラメンバーとして小沢征爾音楽塾オペラプロジェクト、東京藝大シンフォニア英国公演、別府アルゲリッチ音楽祭の音楽祭特別オーケストラ(金聖響)、シュトゥットゥガルト国際バッハアカデミーフェスティバル(ヘルムート・リリング)PMF(パシフィックミュージックフェスティバル)(ワレリー・ゲルギエフ)に参加。2004年よりJunge Deutsch Philharmonieメンバーとしてベルリン、ハンブルク、シュトゥットゥガルト、エッセン、ケルン、その他イタリア、スペイン、ポルトガル、などでも演奏会を行う。第19回日本管打楽器コンクールトランペット部門第2位(2002年)第75回日本音楽コンクールトランペット部門にて第1位(2006年)その他、ベルリンを中心としたドイツ各地にてベルリンフィルハーモニー管弦楽団、ベルリン州立歌劇場、ベルリンドイツオペラ、ベルリン交響楽団などに客演。フォアポーメルン州立歌劇場オーケストラと期間限定首席契約をする。日本でも、ベルリンフィルハーモニー金管五重奏団、ベルリン州立歌劇場の両来日公演に賛助出演。日本では、読売交響楽団、新日本フィル、東京交響楽団、名古屋フィル、アンサンブル金沢、九州交響楽団、神奈川フィルなどで賛助出演をしている。現在、独ロストック音楽大学大学院に在学すると共に、MDR(ライプツィッヒ・ドイツ中央放送)交響楽団(準メルクル)、バッハ・コレギエム・シュトゥットガルト(ヘルムート・リリング)にトランペット奏者として在籍している。今までに、板倉駿夫、杉木峯夫、関山幸弘、神代修、太田聡、トーマスクラモー(ベルリンフィル)、ウィリアム・フォアマン、ライナー・アウアバッハ(ベルリン州立歌劇場)各氏に師事。

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きらきーら高見信行さんにインタビューきらきーら

田中: 高見さんのドイツでの演奏会は何度か拝聴させて頂きましたが、高い音楽性と音色の良さにはいつもウットリさせて頂いています。
今回のインタビューを前々から大変楽しみにしておりました。今日はどうぞ宜しくお願い致します。

高見: ありがとうございます。こちらこそ宜しくお願い致します。

田中: 早速ですが、高見さんがドイツ音楽留学を決められたきっかけをお話頂けますか?

高見: はい。中学2年生の頃、日本でベルリンフィルの演奏家達のレッスンがありました。そこで現在もフィルハーモニーのトランペット奏者を務めるトーマス・クラモー氏の演奏を聴き、「あんな音出せるようになりたい!!」と思ったんです。その時から、"ドイツにはどうすれば行くことが出来るんだろう"って考えて、その後の進路、高校や大学を選択しました。

田中: かなり早くからドイツ留学をお考えだったんですね。しかも徹底して。

高見: はい。それと、日本のユースオーケストラでヨーロッパ演奏旅行に参加した時に、やっぱりヨーロッパだ!って思ったんですよね。
先にはいつもドイツが、そして何よりトーマス氏の音楽がありました。

田中: そうでしたか。では、その後、どのようにして留学準備を進めていかれたのですか?

高見: 大学4年生の時、まず10日間ベルリンへ行き、幸運なことにトーマス氏のレッスンを毎日受けさせて頂きました。

田中: えっ?!毎日ですか??凄い!!凄くラッキーですよね、それ!!タイミングが良かったんでしょうね。トーマス氏もご多忙でしょうから。

高見: 1週間レッスンを受けた後ついに、彼からベルリン音楽大学の先生を紹介して頂きました。その先生の所へ行き「来年受験をしたいんです。」って伝えてVorspielenをしました。そしたら、先生から「このレベルならOKだよ。じゃ、来年受けにおいで。」って言って頂いて、もう嬉しくて嬉しくてすぐに公衆電話から日本の家族へ電話しましたよ。

そして次の年の3月に卒業し、6月の入試1週間前にベルリンにやって来ました。ホテルでの宿泊だったので本当は練習しちゃいけないんだろうけど、ミュート付けてずっと吹いてました。まぁ、やっぱり怒られましたけどね(笑) で、困ってたら知り合いからトランペット奏者の方を紹介して頂き、何とか練習場所は確保できました。そうして試験を受けて無事合格したのですが、ドイツ語が分からなくて合格したことも最初分かりませんでした(笑)

田中: それは面白いエピソードですね。それでは、その後本格的に留学を始めた頃のことをお話くださいますか?

高見: 次は8月終わりにベルリンに来て、一週間で住民登録などを済ませ一旦帰国しました。超ハイスピードでしょ?というのも帰国後すぐに、僕にとっては2回目の日本音楽コンクールがあったので急いで帰る必要があったんです。何とか受賞し、2日後にはまたドイツへ戻りました。僕のドイツ生活はその時からスタートしたんです。

田中: 行ったり来たりバタバタだったんですね!!しかし全てにおいて結果を残されていることで、何一つ無駄にはなっていません。
ところで、高見さんはその後もトーマス氏のレッスンを受けられているのですか?

高見: はい。今ではレッスンだけでなく一緒にご飯も食べる仲です。彼の音は永遠の憧れであり目標です。

田中: そんなトーマス氏の音は、言葉で表すとどの様なものですか?

高見: 太くて、丸くて、ハッキリして、キラキラしています。トーマス氏だけじゃなく、ベルリンフィルのトラッペット奏者は皆とにかく何でも出来るんですよ!どんな音でも変幻自在です。そんなトランペット奏者に成りたいと思っています。

田中: 高見さんの音楽を支えているものは、そこにあるようですね・・・。

高見: ビール!!・・・と言いたいところですが(笑) そうです!そんな理想の音に近づきたくて続けています。 
僕ね、今でも初めて聴いた時の彼の音が頭に響いているんです。「その音を再現したい!!」って思っています。少しずつですが近づいていきたいですね。

田中: そうですか。高見さんの美しい音は、いつもその理想を持って音楽造りされている結果ですね。

高見: ありがとうございます。でも、もちろんまだまだですよ!今後はトランペットの音だけでなく、トランペットで別のキャラクターをイメージし表現できるテクニックを磨いていきたいんです。色んな音が出せる奏者です。その為には、多くのコンサートに触れることが大切ですし、客観的に見てトランペットの持つキャラクターを追求していっているところです。見えないゴールを見る為に、小さなゴールを作り前へ進んで行きたいですね!


高見信行さん2



田中: 高見さんは練習も演奏活動も、凄く精力的ですね。トランペットを辞めたいなんて思ったことないのではないですか?

高見: そんなことありません!しょっちゅうですよ(笑)例えば大きな失敗をしたりした時なんて、楽器を投げたい衝動になりますね!!まぁ(値段が)高いし、投げないけど(笑)
そしてそんな時は2、3日楽器は吹かなくなります。でもね、やっぱり好きだから中毒みたいに吹き始めるんですよね~。

田中: 高見さんでもそんな大きな失敗するんですね。ちなみに今までで一番記憶に残る失敗は??

高見: ベルリン音楽大学に入って、初のシンフォニーコンサートで、マーラー5番のトランペットソロを任されたんですが、最初24小節のトランペットソロを思いっきりはずして、その後2、3分舞台の上で放心状態になり、次の入りも入れず、しかもそのパートもソロで・・・あぁ~~!!ホントあんなのもう嫌ですよ!!その後舞台裏で大泣きでした。

田中: ひえ~~!それは大したご経験をされましたね。では逆に、演奏をしていて嬉しかった思い出は何ですか?

高見: 2つあります。1つは、ドイツのクリスマスイブコンサートで教会でソロを吹いた時です。演奏を終えて階段を降りて行くと、沢山の方が集まってこられ、目をキラキラさせて「良かったよ!」って言ってハグやらキスまでされて、まぁそれはおばぁちゃんとかおばちゃんとかおっちゃんですけどね(笑) ホントもう、めちゃくちゃ嬉しかったですね。

そしてもう1つは、ユーゲントドイチェフィルハーモニーオケの一員となれ、最初のプロジェクトでストラビンスキーの春の祭典を演奏したんです。その時はそのプロジェクトのProbe(お試し)期間で、つまりまだちゃんとした一員ではなかったんですが、そこでピッコロトランペットのパートを演奏しました。コンサートツアーの最後に、トランペットの同僚から「コンサート素晴らしかったよ。これからもよろしく!」と言われた時は、認められたんだって思って嬉しかったです。

 その時の演奏を録音したCDはコチラ♪
 

田中: 素晴らしいですね。やはり演奏家は演奏をして評価されたいものですからね。そう言えば今年学生を卒業されるとのことですが、今後をどの様にお考えですか?

高見: 今までは学生の立場でしたから、受身ですよね。学びを与えられてきました。しかし、これからは徐徐に与えられたものを自分なりに発展させていかなければならないと思います。音楽家としてはたからは成功しているように見られますが、一寸先は闇。日々不安はあります。
今後どういう風に進んでいくかはまだ分かりませんが、でもとにかくどんな形であれ、どんな場所であれ、一音楽家として生きていきたいと思っています。

田中: 高見さんのトランペットや音楽に懸ける純粋な思いが伝わりました。今日は貴重なお話をどうもありがとうございました。今後更なるご活躍を心よりお祈りしております。

最後になりましたが、今後の音楽家後進に向けて一言宜しくお願いします。

高見: 今、その時にしか出来ない事を、それぞれの場所で一生懸命していくことが大切だと思います。それは、場所なんて関係なくどこにいたって一緒です。素晴らしい人との出会いを大切に、色んなことを自分の肥やしにしていってもらいたいと思います。共に頑張っていきましょう!!


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高見さん、貴重なお話をありがとうございました!!


テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2012/06/01(金) 00:00:00|
  2. 器楽

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